どんな小さなことでも、自分で手を動かしてやり遂げる──そういう小さな「できる」をいくつも積み重ねることで、今までより自信を持てるようになるのかもしれない。
2度の昭和村来村を経て、私・小山内はそんなことを思います。
今年の2月、編集部は昭和村に2泊3日滞在し、村に息づく「小さな手仕事」をいくつも経験しました。
暮らしの道具づくりをする佐々木良作さんに習ってカゴづくりを、そして農家民宿「やすらぎの宿 とまり木(以下、とまり木)」を営む皆川キヌイさんのもとで笹巻きづくりと自家製羊羹づくりを。
キヌイさんが営むとまり木では主に、昭和村の食づくりを体験。0から10までの手仕事を通して、「自給自足的な暮らしの意義」について考えました。
「年齢なんて背番号」70歳から農家民宿をはじめたキヌイさん
その地域独特の暮らしを、宿泊しながら体験できる農家民宿。
昭和村で、農家民宿「やすらぎの宿 とまり木」を経営する皆川キヌイさんは、今年で74歳になります。
宿主のキヌイさんと一緒に食事を作ったり、準備や片付けをしたりしながら、農家暮らしを楽しむことができるのが、とまり木の特徴です。
皆川 キヌイ(みながわ きぬい)
昭和村の特別養護老人ホーム・昭和ホームに介護職として勤務したのち、70歳から農家民宿「やすらぎの宿 とまり木」をはじめる。編み物や山菜採り、畑仕事、保存食づくり……と、暮らしにまつわる手仕事ならなんでもできる。
とまり木がはじまったのは今から5年前。
それまで昭和村で介護の仕事に携わっていたキヌイさんは、退職後、70歳になってから農家民宿を経営し始めます。キヌイさんがとまり木を始めたいちばんの理由は、「大好きな料理を振る舞いたかった」から。
そう、キヌイさんは幼い頃から大の料理好きなのです。
だからとまり木のご飯はとってもボリューム満点、色彩も豊か。山菜やきのこ、自家製の野菜など、自然の恵みを存分に生かした優しい味が、家族団らんの食卓を彷彿とさせます。
そんな、見た目もお腹も大満足なキヌイさんの手料理を求めて昭和村を訪れるひとが、今日も絶えません。
「小さい頃からね、お母さんの料理を横で見ながらお手伝いするのが好きだったの。
はじめて学校でお菓子をつくったときに、お母さんに褒められたのが本当に嬉しかったなぁ。
もう何十年も前に会津若松まで通って調理師免許をとってね。いつかこうやってつくった料理を振る舞う仕事をしようって、ずうっと夢をあっためてたの」
それまで昭和村でいろんな職業を経験したキヌイさん。何十年も夢をあたためたことのない私は、キヌイさんの言葉に強い信念を感じます。
「70歳からの起業に不安はなかったのでしょうか?」とたずねると、キヌイさんは快活に笑って、こう言うのです。
「年齢なんて、たんなる背番号。
歳なんか毎年変わるもの。気にしないで、なんでもやってみれば夢って叶うもんだ」
昭和村の暮らしに惹かれ、キヌイさんのもとへ
そもそも、編集部がキヌイさんのもとを訪れたのは、時代が進んでも変わらずに続く、昭和村の暮らし方を知りたい、という理由からでした。
灯台もと暮らしは去年の昭和村特集で、土から糸になる植物「からむし」と、そのからむし織に携わる女性たち、通称「織姫さん」を取材してきました。
からむしに惹きつけられ、日本全国から織姫さんとして村にやってきた女性たち。けれども、彼女たちが村に根づく理由は、からむしだけではありません。
「昭和村に惹かれるのは、からむしだけじゃなくて、村の暮らしとかそこで暮らすひともなんですよね」
「昭和村のひとたちがつなげてきた生活も含めて、からむしのあるこの村の暮らしを守りたい」
からむし織のように、土から糸をつくってそれを布にするという根源的なものづくりは、昭和村の暮らしがあるからこそできること。
「昭和村の暮らし」と「からむし」は切り離せないものだと、どの織姫さんたちも納得していたのが印象的でした。そして、彼女たち自身が昭和村の暮らし方に惹かれつづけていることも。
あるとき、からむしを通じて昭和村にやって来た織姫さんたちは、この村のどんな暮らしぶりに感動したんだろう?
「ここでの暮らしが知りたいなら、キヌイさんのところに行くといいですよ」。
村の方の後押しで、キヌイさんが営む農家民宿「とまり木」を訪ねることになった編集部。
昭和村で生まれ育ち、この村の文化と精神を熟知するキヌイさんに、伝統的な「食づくり」を体験させていただきました。
食という切り口を通せば、昭和村の暮らしぶりもおのずと見えてきます。
自然のサイクルの中で今なお生きる、昭和以前からの食文化
とまり木では農作業や布小物づくり、郷土料理づくりが体験できます。
編集部がとまり木を訪れたのは冬の季節。せっかくなので、キヌイさんに冬の保存食の知識も教えていただきながら、村の郷土料理である「笹巻きづくり」と「自家製羊羹づくり」に挑戦しました。
どちらもキヌイさんが子どもの頃から、当たり前のように昭和村の人びとの暮らしとともにあった、現代までつづく郷土料理です。
[1]自然の知恵を活かした、笹巻きづくり
笹(ささ)巻きは冬の保存食。
笹巻きづくりに使うのは、笹の葉と岩菅(いわすげ)(*1)。、そしてもち米。
(*1)岩菅:高山の岩上や草地に生える植物。もち米を巻いた笹を固定するのに使う。
まずはキヌイさんの倉庫に、笹の葉と岩菅を取りに行きます。
倉庫には、美しくも厳しい昭和村の冬を越すための食材や道具がたくさん。この笹や岩菅も、自分で採集するか、近所の人に採ってきてもらったものを倉庫に保存しているというキヌイさん。
笹の葉は7月の下旬頃、土用の入り以降に採り、干して乾燥させます。土用より前だと未熟で、土用のあとでは実が入りすぎて裂けてしまうとのことです。
「冬の準備は、冬が来てから始めても遅いんだ。
夏や秋は畑仕事をしながら冬の準備もして、冬は家の中で手仕事、保存食づくり、春の準備。休んでいる暇なんて、全然ないなぁ」
というキヌイさんの言葉に、「自然のサイクルとともに変化する暮らし」が、昭和村では健在であることを知りました。
自然は決して待ってくれないから、いつも人間が先回りして準備をしないといけません。それは、今の時代ではなかなか見慣れないライフスタイルのように思うけれど。
季節に合わせて、毎日の調子に合わせて手を動かす──暮らしと生きていくための仕事が融合したライフスタイルは、じつは日本の歴史の中で、とても長い間実践されてきました。
さて、笹と岩菅を茹でたら、いよいよもち米を入れていきます。
キヌイさんに習って、一個一個ていねいに笹の葉にもち米を包んでいく作業。最初は複雑に感じていた笹の織り方や岩菅の結び方も、一度やり方を覚えてしまえば作業が楽しくなっていきました。
7つ1束にまとめた笹巻きを、たっぷりの水で1時間弱ゆでれば、翌朝には完成。
「笹は、殺菌効果があるから保存食に最適なんだよ」
キヌイさん曰く、防腐剤効果のある笹巻きは、常温でも約1週間ほど保存がきくのだそう。固くなったら茹でなおすこともできます。
笹巻きはまさに、先人たちによる自然の知恵を活かした食文化なのです。
[2]まるでからむし織りのよう。「じねんと」が肝な自家製羊羹づくり
からむしが一本の糸になるまでには、土からの栽培、刈り取り、からむし引き、糸績(う)み、と気の遠くなるような工程を踏まなければいけません。それもたった1年で。
うまくいくかもわからない、ゴールの見えないマラソンのような手作業。きれいな糸を生み出すためのおまじないは、「平らなこころでゆっくり、じねんと」。
昨年の昭和村特集で村のおばあちゃんに教えてもらった、魔法の言葉です。
笹巻きづくりともうひとつ、私たちが体験させていただいた「自家製羊羹づくり」もまさに、からむしに向き合うような根気強さが問われたように感じました。
羊羹づくりの工程は、小豆と寒天と数種類の砂糖とお水を鍋の中でことこと煮詰める、それをバットに流し込んで冷やす、それで完成です。
本来なら最初の手順は、柔らかく小豆を煮て、こして皮を取り除き、なめらかにするところから。ここまででも、かなり時間と手間を要しますが、今回はキヌイさんが前日に小豆を煮てくれていたので、すでになめらかになった小豆に寒天を入れていく作業からのスタート。
寒天を茹でて液状に戻し、煮詰めた小豆の入った鍋にこしていきます。
そうして鍋に入った材料たちを、どろっと均一な状態になるまで木べラでゆっくり、かき混ぜていきます。全体に火を通すために、鍋の底を焦がさないないようするのが大切です。
鍋の前に座ること1時間、1時間半……
「もうそろそろですか?」
とつい完成を急ぐ私に、「まだまだ、じねんとな」とキヌイさん。
こうしてじっくりと煮詰めることで、なんともいえないうまみと照りが出るのだそう。
はやる気持ちを抑え、2時間以上鍋の中をかき混ぜてようやくバットに流せる状態に。固まった羊羹に包丁を入れるときは、完成に要した時間を思ってか、少し緊張してしまいました。
丹精込めてつくり込んだものはなんでも、愛着や尊敬の念が湧くものなのだと気づきました。それは自分でつくったものだけでなく、他人がつくったものにも。
織姫さんたちは、おじいちゃんやおばあちゃんが大好きだと、口を揃えて言います。その心には、もしかしたら、「じねんと」の精神で長期的にものごとに向き合えることへの憧れと、尊敬の想いが隠れているのかもしれない、と思いました。
小さなできるを生むために、とにかく手を動かしてみること
笹巻きづくりをしているとき、キヌイさんは言いました。
「手を動かせば、なんでもできる。
だから宝ものはね、親からもらったこの両手。みなさんにだってあるよ」
昭和村に来るまで私は、笹巻きも羊羹もカゴもつくれなかったけど、手を動かしてみたら意外とできてしまうもので。
そして、その「できる」という経験は、「もしかしたら、もっといろんなことができるのかもしれない」という期待と好奇心につながりました。小さな成功体験が、真っ向から自分の可能性を肯定してくれたから。
昭和村で経験した小さな手仕事たち。
それらが気づかせてくれたのは、「手を動かせば、小さなできるが生まれる。小さなできるは、自分に自信を持たせてくれる」ということでした。
また、とまり木に滞在している間、村の方からキヌイさんについてこんなお話を聞きました。
「キヌイさんは、ちゃんとひとりでできるようになるまで、見ていてくれるんです。
とまり木に泊まった女子大生のお客さんがね、イナゴの佃煮をつくるためにイナゴを田んぼの畦に採りに行ったんです。でもあまり量が採れなくて、キヌイさんは戻ってきた女子大生に『これでは全然足りないから、もう一回採りに行きなさい』って言ったんですよ。
一見厳しいように思えます。でもキヌイさんは、いつもそうしているんです。ひとりでできるようにならないと意味がないからって。
そのためならキヌイさんは、どこまでも付き合ってくれる。そういうおばあちゃんなんです」
ふり返れば、とまり木で昭和村の食づくりを体験したこの2泊3日間、キヌイさんは笹巻きづくりや羊羹づくりの方法は教えてくれても、決して代わりにやってあげることはしませんでした。
なにもかも初心者だった私たちは、完成までたくさん時間はかかったけれど、おかげで1から10まで自分の手で完成させることができました。そういえば、暮らしの道具づくりをする良作さんも、私がひとりでカゴを編めるようになるまで根気強く、横で教えてくれたことを思い返します。
笹巻きづくりのときも羊羹づくりのときも、キヌイさんは「よかったなぁ」と一緒に完成を喜んでくれました。「もう、ひとりでできるなぁ」と微笑みながら。
今日も昭和村では、暮らしの道具をその手でつくり、食べるものを自らまかない、自然のサイクルに逆らうことのない暮らしがつづいています。
自給自足的な暮らしは、小さな手仕事の集合体。
だから昭和村の人たちは、小さなできるをたくさん持っているのだと思います。けれどそこには、キヌイさんのように手仕事しながら誰かにノウハウを教えてくれるひとがいて、織姫さんのように手仕事を習いながら暮らすひともいます。
最初からなんでもできるひとなんて、この世にひとりとしていません。
もしもこの記事を読んで、少しでも小さなできるを自分の中に持ってみたいと思ったひとには、ぜひ「やすらぎの宿 とまり木」を訪れてみてほしいです。
どんな体験メニューを通しても、かならずひとつ、「ひとりでできた」を持ち帰ることができるから。
それは、なにかを始めようとしているけど勇気がでないひとや、いつもちょっと自分に自信の持てないひとにとっては、大きな宝ものになると思います。
この宿のこと
やすらぎの宿 とまり木
住所:昭和村大字大芦字大向 4478
電話番号:0241-57-3110
料金:1泊2食 6,800円
定休日: 無休
(この記事は、福島県昭和村と協働で製作する記事広告コンテンツです)
文/小山内彩希
写真/タクロコマ(小松崎拓郎)
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